背景と課題
現代医療は、多くの優れた医薬品、医療機器、材料によって支えられています。画像診断に用いられる造影剤、日常診療で大量に使用されるプラスチック製品をはじめ、医療現場ではさまざまな物質が不可欠な役割を果たしています。これらは、患者さんの命と健康を守るうえで欠かせない存在です。
医療に用いられる物質や資材は、使用された瞬間に消えてしまうわけではありません。体外へ排泄された後に排水系へ移行するもの、廃棄物として処分されるもの、あるいは環境中に残留しうるものもあります。近年、こうした医療由来物質の環境影響が、少しずつ社会的に注目されるようになってきました。
さらに、これらの医療由来物質の中には、ヨードやガドリニウムのように特定の地域に資源が偏在し、供給が地政学的・経済的影響を受けやすいものも含まれます。近年、資源価格の変動や供給不安が指摘されており、医療の安定的提供という観点からも、その持続可能な確保が重要な課題となっています。
これまで医療と環境の問題は、主として感染性廃棄物、エネルギー消費、二酸化炭素排出などの観点から議論されることが多く、医療由来の化学物質や資材そのものの行方については、十分に可視化されてきたとは言えません。しかし、医療の高度化とともに使用量が増える物質も多く、今後は医療の質を維持しながら、環境負荷をいかに低減するかという視点が不可欠です。
この課題は、単に「医療か環境か」という二項対立で考えるべきものではありません。必要な医療を確実に提供することを大前提としながら、その過程で生じる排出や廃棄、資源消費を見直し、より持続可能な仕組みへとつなげていくことが求められています。そのためには、実態の把握、科学的根拠の蓄積、技術開発、制度設計、そして社会的理解が必要です。
RINGSは、このような問題意識のもと、まずは画像診断において広く使用される造影剤の問題を手始めとして、医療由来物質をめぐる環境課題と資源循環の可能性に注目し、調査研究、情報発信、連携促進を通じて、持続可能な医療の実現を目指しています。
個別の課題
ガドリニウム
ガドリニウムは、造影剤の原料となる重要な希土類元素です。ガドリニウム造影剤はガドリニウムをキレートしたもので、MRI検査に用いられます。患者さんに静注投与された後は主として尿中に排泄され、下水処理を経てほぼ全量が環境中へ拡散しています。近年では、河川や湖沼、沿岸域などでガドリニウム造影剤を由来とするガドリニウムが検出されており、その環境動態や生物への長期的影響への関心が高まっています。
現時点では、環境中のガドリニウムが生態系や人体にどのような影響を及ぼしうるかについて、未解明な点が多く残されています。しかし、医療の進歩を支える物質が環境中に拡散しているという事実は、今後の医療のあり方を考えるうえで無視できない課題です。適正使用、排出実態の把握、回収や除去の可能性など、多角的な検討が求められています。
ヨード造影剤
ヨード造影剤は、CT検査や血管造影、IVR(画像下治療)などのX線検査で広く使用されており、現代の画像診断・治療に欠かせない存在です。一方で、投与後の多くは尿中へ排泄され、下水処理を経ても十分に除去されず、ほぼ全量が環境中に拡散しています。
ヨード造影剤の使用量の多さや環境中での残留性を考えると、排出の実態把握や削減策、回収・処理技術の検討は今後ますます重要になります。必要な医療を維持しつつ、環境負荷を低減する道を探ることが求められています。
プラスチック
医療現場では、注射器、チューブ、容器、包装材、個人防護具など、多くの場面でプラスチック製品が使用されています。とくに造影検査や薬剤投与に用いられるシリンジ類は、日常診療を支える重要な医療資材です。これらの多くは安全性や衛生管理の観点から使い捨てが前提となっており、医療の質と安全を支える重要な基盤となっています。
その一方で、大量に使用されるディスポーザブル製品は、廃棄物の増加や資源消費の面で大きな課題を抱えています。医療分野では安全性が最優先であるため、単純な削減は難しい場合もありますが、使用実態の見直し、代替素材の検討、リサイクルや資源循環の仕組みづくりなど、持続可能性の観点から検討すべき余地は少なくありません。医療の安全と環境配慮を両立させる視点が、これからますます重要になります。
参考文献
本ページの記載内容は、関連する学術文献および公的資料に基づいています。参考文献の詳細は、以下の一覧をご覧ください。
